「時代」という環境
こんにちは、さなです。
今期の朝ドラ「虎に翼」が終わりました(絶賛ロス中)
最終回の前日、
ロケ地にもなった「名古屋市市政資料館」へ。
さすが国の重要文化財だけあって圧巻。
地元にこんな素敵な建造物があるだなんて知らず・・・
ここ、花男やらなんやらのロケ地にもなったんですって。
トラちゃんのモデルとなった三淵嘉子さんは
ここ旧名古屋地裁でも3年間ほど勤務をしたのだそうで、
三淵さんがお使いになっていた判事室もあったり
ちょっと感慨深かったです。
私、朝ドラは見る基準が決まっておりましてね
*主演俳優(好きか嫌いか)←嫌いな俳優さんは見ません。
*時代背景(戦中戦後は必須)←近代モノは問題外。
この二つが最も大切(あくまでも私の基準ですのでお許しを)
虎に翼は主演が伊藤沙莉ちゃんだとわかった時から
見ようと決めておりました。
沙莉ちゃんなら時代背景が好みとちょっとズレていようが構わん!
彼女の演技が見たかったのである。
今一番実力がある若手女優さんだと言っても過言ではなかろう。
そして期待を裏切らなかった。
戦前戦中戦後を力強く生き抜いた女性。
チャーミングで艶もあり
本当に素敵なトラちゃんでした。
脇を固めた俳優さんたちも素晴らしかったよね!
これもぅ語りだすと止まらなくなるのでやめときますが、
久しぶりにドはまりした朝ドラでした。
その最終回でトラちゃんが桂場さんに言った一言。
「私のような女はいつもゴマンといますよ。時代がそれを許さなかっただけで」
という文言、覚えてますか?
(見ていたことを前提で聞いてますが笑)
そう、ここでやっと算命学と結びつきます。
いつものように前置きが長くてすんませんです。
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人間の「運命」と言うものは
その人の「宿命」に「環境」がプラスされて出来上がります。
宿命+環境=運命です。
故に、
宿命は変えられないが運命は如何様にも変えられると言われます。
この場合、
その人が「生まれた時代」というのは「宿命」です。
昭和初期に生まれた方は、
その生まれた時代を変えることはできません。
どういうことかと言うと、
動乱の時代に生まれた人と平和な時代に生まれた人とでは、
全く同じ命式の人でも運命ががらりと変わることになる・・・・ということ。
もちろんですが、
生まれ持った宿命を活かして生きるのであれば、
そんなに素晴らしいことはありませんよね。
ですがしかし。
トラちゃんの言う「時代がそれを許さなかった」とは
戦前戦中(或いは戦直後)の時代において
日本では女性と言うものがどのような生き方を強いられていたのか?
を考えると明白です。
平和な時代にこそ活躍できる命式の方にとって
戦争のような動乱の世の中はその良さが発揮できずに
埋もれてしまうことになりがちです。
平和で平穏=先進国的であり、
動乱で不安定=後進国的であるとも。
上格・下格と言ういい方にもなります。
どちらが良い、悪いの話ではありません。
それぞれに役割があり、生き方があるということ。
この日本が、この地球が、という規模で見れば
いやいや決して平和ではなかろう・・・とも思うのですが
それでも日本は先進国の一端を担っているわけで、
紛れもなく平和で平穏な命式の人の方が活かしやすい世の中なのでは?と思います。
ゴリゴリの下格で動乱の要素満載の私は、
先のコロナ禍の真っ最中が驚くほど生きやすく
ある意味大きく活躍できました。
色々と恩恵を受けられたことも多く、
まさに「私の時代がやってきた!」と意気揚々としたことを覚えております。
そう、そういうことなの。
まずは自分がどんな環境に置かれると生きやすいのか、
どんな環境で実力が発揮できるのか
「職業婦人」という呼び名があった大正~昭和の初期、
貫索・石門などの自我の強い星を持つ女性はさぞや生きづらかったことでしょう。
特に貫索星のような自立心の塊の星を持つ女性は常に押さえつけられるストレスを抱え、
石門星のような家庭から出て社交場に喜びを見出す女性は日々悶々と耐え忍び、
いやもぅ考えただけでアナタ・・・
(貫索・石門持ちなので痛いほどわかるその気持ち)
このように比和の十干から出る十大主星持ちの女性が
やっとやっと大手を振って活躍できる時代になったというわけですよ。
それでもやはり
日本はまだまだ・・・
まだまだなのだな、とドラマを見て感じました。
算命学では
男女(陰陽)の価値は同じである、と説いております。
平等という言葉ではなく、同じ価値。同等。
そこにあるのは「役割」ということ。
男性には男性の役割があり、
女性には女性の役割がある。
何でもかんでも平等に、という考えは
逆に不平等となります。
え?
どういうこと?
それはまた次の機会にでも。