人間は「自分一人で生きている」と思ってはいけない理由
こんにちは、さなです。
6月に入りました。
そしてさな地方でも今年の梅雨に突入しました。
そしてワタクシ、
今年の月天中殺に突入です。
「午未天中殺」の皆様、お待たせいたしました➡多分誰も待っていないだろうが。
8月6日まで粛々と過ごしましょう。
良いのか悪いのか梅雨というどんよりする時期ですので、
あまり自ら外向きに発散するような気になれませんで。
これは己に向き合うにはちょうど良い感じなのでしょうか。
そう言う事にしておきましょうか、はい。
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さて、
先日自分の作った講座のテキストを改めて読み込んでおりましたら
「運命の交換」という言葉に目が留まりました。
運命の交換だなんて、怖いこと言わないでよ…となりますが、
このような事は実は頻繁に起こっております。
我々人間はそれを「運が悪い」とか「不吉だ」とか「祟り」だとか
そんな風に言う事もあるわけでして。
これは自然界から見たら
見紛う事なき「自然界の法則」に外ならず、
宇宙・自然界の一部であり
宇宙・自然界の法則の中で生きている人間にとっても
なんら例外なく行われている、
いわゆる「自然の摂理」です。
算命学では人間の肉体が有限であることと同じように、
運勢もまた有限であるという考えです。
自然界を見ればそれは一目瞭然で、
例えば一株の球根から大きな大輪の花を咲かせるためには
幾つも付けた蕾をそのままに花をたくさん咲かせようとすれば、
ダメになる蕾やら
咲いても小ぢんまりとした花になったりしませんか?
今年我が家には、
5年前に球根から育てた芍薬がそれはそれはたくさんの蕾を付けましたが、
待てど暮らせど花が咲かず、困惑しておりました。
何せこんなにたくさんの蕾を付けてくれたのは初めてでね、
美しい芍薬が咲き乱れるのを今日か明日かと待ちわびていたんですよね。
それなのに全然咲かない芍薬よ( ;∀;)
あぁ・・・
そこではたと気づいた私は
ちょっとだけ膨らんでいる蕾だけを3つほど残して
あとの蕾を泣く泣く間引きました。
その途端ですよ、本当にその途端ですわ。
数時間しか経っていないのにですよ?
花弁がふわーっと広がってきたんですよ…
これなに?え?こういうこと??と一人で感動しましてね( *´艸`)
いや、そういうことなんですよ。
分かります?
あの無数の小さな蕾たちは、
一番生命力の強そうな、今にも咲かんとしていた3つの蕾の犠牲になってくれた…
という事でもあります。
我々の「運勢」というものは量が決まってるんです。
その自分が持っている「運勢」の量を超えてまでも無理に詰め込んだりしたら、
運勢の器が傷つきます。
あれもこれも欲しいものは全部手に入れたい!という訳にはいかないように
出来ておるのですよ。
輝かしい人生を歩んでいるあの人もこの人も、
それは当然のことながらその方の弛まない努力の賜物であることに
間違いはありません。
しかしながらその活躍の陰には、
日の目を見ることもなく影日向となって支えてくれた(ている)存在が必ずあり、
その存在無くしては成り立たない事なのです。
世に名を馳せずとも一般人である者であってもそれは同じことで、
今の自分がこうして難なく生きていられるのは
家族や親族が「陰」の役割を請け負ってくれていたり
陰の世界から見守ってくれているご先祖さまのお陰であるということです。
世界に名を轟かせるような大活躍をしていれば尚の事、
光が眩いほどに影は濃くなります。
庭に咲く一輪の花が教えてくれた自然の摂理ですが、
人間とて同じことなんですよね。
算命学は無情の学問。
そこに情は一切介在しません。
もっと深いところまでえぐりたいのですが(笑)ブログではここまでとします。
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奈良県の長谷寺さんの紫陽花です。
紫陽花が綺麗な季節になりました。
ジメジメは嫌だけど、
こんなに眼福なひと時をくれるなら梅雨もいいかもね?