人生とは、最後まで自分との闘い。これに尽きるのです。

こんにちは、さなです。

誰ですか?
一体誰なんでしょうか?
立春明けのスッキリ感でワタシOK!とか言ってた人・・・

(^O^)/ハーイ!ワタシデスガナニカ?

立春明けの爽快感も束の間、
翌週にはあっという間に体調を崩し高熱を出して寝込みました。
しかも上がったり下がったりを数回繰り返し、
「おーい、また上がるんかーい」とヘラヘラ笑いながらお布団に撃沈。

ご予約がパンパカパンに入っておりましたので、
ご変更賜りましたお客様及び受講生の皆様には大変なご迷惑をおかけしました。
こうなりましたら焦っても仕方ありませんのでね、
とりあえず回復に全力を尽くしました。
この連休には旅行の予定でしたがそれも当然キャンセルで・・・

撃沈(T_T)チーン

という壮大な立春明けのデトックスを終えて、
Newさなに生まれ変わりました✨
これは天中殺の洗礼でしょうか?何でも運気のせいにする良くないクセが
まだまだ丙午年が始まったばかりですが、
ワタクシ今回の天中殺は何と言っても「健康・寿命中殺」ですので
何事も控えめに、内面に向き合い、内に籠ろうかと。

いや、病気の時ほど自己と向き合えるタイミングはありませんのよ。
今回も心の底から「向き合わされてる」とつくづく実感しました。
違和感を抱えながら突き進んでいると特にそれが顕著です。
これほどまでに絶妙なタイミングで「強制終了」がかかるとは。

運気のタイミング、恐るべし。

算命学を勉強していてよかった・・・
何事をも恐れる必要がなくなります。

♢♦♢♦♢♦♢♦

さて。
人間というのはそれぞれが生まれ持った「課題」というのがあるはずで、
それが個々の今世に於いての最大の試練になるのだろうな、と思っております。

私は幼少の頃から体が丈夫ではありませんでした。
丈夫ではない=弱かったということね。

風邪引いて熱出すなんてしょっちゅう。
すぐお腹壊すし食も細い。好き嫌いも酷かった~
そんですぐ泣く。書いてて自分でもウザくなってくるわw
そのくせ我が強かったもんですからね、
大人しかった妹と違って親にはいちいち反抗的。
母親にほっぺを殴られケツを叩かれ
父親には玄関先の柱に縛り付けられ ヒドーイ(;^ω^)
もうお前みたいな娘は要らんと山奥に捨てられそうにもなりました(笑)
そんな私を見ていたので妹はまぁ良い子よね(爆)
叱られてるの見たことありませんもの。
ああいうのを「要領がいい」というのでしょうよね。

事情があって「学校に行きたくない」と駄々をこねた時は
殴ってでも行かされました。頼むから行きたくない理由効いてくれよ・・・
ここまで読むと大概な毒親かと思うでしょうが
ま、そうでもなかったです。親としての役目はちゃんと果たしてくれました。
厳しく理不尽なまでに手を出されて育ちましたが、
初年期に貫索星があり、大運の初旬が貫索星の私にとっては有難かった。
これだけ貫索星が満載の宿命で甘やかされていたらヤバかったです。

とりあえず、厳しかった両親には今となっては感謝です。

誰でもこのような育て方が功を奏する訳ではありません。
厳しくし過ぎると返って曲がってしまう子もいますので注意してください。

何の話だっけ?
そうそう、身体が弱かったことね。

幼少の頃はとにかくデフォルトが体調不良だったので
「みんな何であんなにずっと元気なの?」
「ねぇ、給食の後でみんな気持ち悪くならないの?」
「お肉も野菜もなんでみんなそんなにモリモリ食べれるん?」
「夜寝てるとみんなお腹痛くなるんだよね?」みたいなw
ちょっと可哀そう過ぎるでしょ?
子供のころからこんなよ?
でも両親は自営業で仕事が忙しくて「知らんがな」状態。
ある程度は自分で何とかするしかなかったんですわ。

ある日「何だか聞こえづらいな~」と思っていたら
片耳から浸出液がドバドバ出だして耳を塞いでたのね。
しかし健気なワタシは仕事が忙しい母親に何も言えず、
朝起きては耳の中に溜まったガサガサを取る作業をして学校へ行く・・・
あれだいぶ辛かったですね。
全治するのに一か月近くかかった記憶があります。薬も何も使わず。
治ったから良かったんだけどね。
夜中にお腹痛いのなんていつもの事だから聞いちゃくれないわけよ。

「寝てれば治る!」とか言って笑
確かに朝になれば治ってるけど毎晩の行事になっていました。

そんな虚弱児童だったワタシががらりと変わったタイミングがあります。
それが小学6年の年に訪れた「納音」でした。
「少し運動してみようかな・・・もしかしたら丈夫になれるかも」
そんな安易な理由で5年生の時に(準納音)小学校の陸上部に入部しました。
それまでは運動会の徒競走でずっとブービー賞だったのがいきなり2位・3位を取り出し・・・
俄然体育が好きになりました。

納音、恐るべし。
そしてその納音がまたしても10年後にやってくるのですが
今度は何を引っ提げて来るのでしょうか。楽しみです。

少しまともになったワタクシでしたが、
その後の人生に於いて体調との戦いは延々と続きました。
社会人となった時
結婚生活に入った時
出産・子育て中
ムリを重ねたその後の時代・・・

それはもう、体調との闘いであることは言うに及ばず。
何故私はこうなのだ?
一体何が悪いのだ?
どうして私だけがこんな目に遭うのだ?
そんな自問自答の繰り返しです。
当然のことながらメンタルも軽く病みました。
心と体というのは連動しますよね。

算命学を学ぶようになってからは
これも私の魂に繰り返されている「業」なのだろうか・・・と思うようになりました。
身体が弱かったからこそ学んできた事や得た知識。
算命学の要である陰陽五行論も、20代の頃東洋医学から学びました。
結局のところ、
人生に起る全ての事はその全てが自己責任で
自分が自分で何とかしなければいけないということを学びました。

今自分に起っていることの全ては自分に原因がある。
ちょ。
ちょ待って。
そんなこと知らんがな。
原因は他にあるやろ?それって明確やろ?
そうね、私もそう思ってました。以前は。

人間、いい年こいてきたら悟ることが大切。
いつまででも他責思考では何も解決しません。
特に中心星が「龍高星」「玉堂星」のアナタ。
習得本能の星が辿り着くところは「悟り」です。

私は今世で「身体というものに向き合う」ことが課題なのだろうな、と思います。

元気で健康で生まれて、
病気のことなど何一つ心配せずに色々出来てどこにでも行ける・・・
そんな人をどれだけ羨ましいと思って生きてきたかしら・・・
しかしそのお陰でたくさんの勉強をして
色々な知識を得てきました。それが私の宝物です。
本当はこれを世のため人のために使えれば良いのだろうけどね。
それはちょっと難しいの。色々と。
もしかしたら前世の私は
有り余るほどの健康体で体の弱い人の気持ちなんて全く分からない、
そんな人間だったのかも知れません。
そこを学ぶために、今世はこの体を与えられたのだとしたら・・・

宿命の中に火性の十干も火性の十大主星もただの一つもない
・・・というのに妙に納得します。

お前には今生、これらを与えん!
その代わり龍高星を二つ授けるので好きなようにテキトーにお使いなされ(爆)

そんな感じでしょうかね?笑
ま、水性の星は火性の星を消しちゃいますんでね。
しゃあないですわね。

そんな私の調候の第一守護神は「丙火」「丁火」。
宿命にない第一守護神が廻ったこの20年、
それこそ宿命に一つもない子供に恵まれ
壮絶な結婚生活を乗り越えて
「もうアカン」というどん底にちゃんと救いの手があった20年でありました。

あの20年が守護神廻りじゃなかったらと思うとゾッとします。
何やかんや言うて私、結構強運だと思います(`・ω・´)b

そしてあの20年を乗り越えてきたからこそ、
今の私があります。
苦しみは、大きく自分がステップアップする助走です。
今苦しみと戦っている方は、
どうぞその後に来る人生の飛躍の時を楽しみにお待ちください。

どん底に落ちるほどに
その跳ね返りは大きいものです。

「落ちたら上がる」は、逆に言えば「上がったら落ちる」です。
上がりっぱなしも下がりっぱなしも絶対的にあり得ません。
それは自然界の法則です。
算命学を学ぶと、それが本当に良く分かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

病み上がりの状態、
どこまで回復しているか確認するには

いつも行っている場所に身を置くと良く分かります。

この際カラオケに行こうかと思いましたが
まだちょっと勇気が出ない(笑)

という事で今回はいつものカフェへ。
アールグレイが沁みました。

感染症が流行っていますので、
皆様もくれぐれもお気を付けくださいまし。